一味違う「上場のための融資(間接金融)」とは
1.まえがき
最近の新規上場企業の紹介文を眺めていると、確実と言ってよいほど「ICT事業」「ITサービス」「電子決済」といった、テクノロジー系の文言が並んでいることに気づきます。ひと昔前なら店舗・工場等の有形資産への投資のために、IPOで大きく資金調達を…という話もあったはずですが、今や上場時の資金調達と言えばその多くが「テクノロジーへの投資」のようです。莫大な先行投資でまず業界内のプラットフォーム(土台部分)を抑え、ある段階から一気に業績を伸ばそうと考える企業が多く、まさにテクノロジー企業の群雄割拠時代と言えるのではないでしょうか。
特に、電子決済サービスの業界はこうした新進気鋭の企業に加えて「ファミペイ(ファミリーマート)」「J coin pay(みずほ銀行)」など、既に超大手の上場企業も戦場に乗り出しているため、これから上場して新規サービスで勝とうとする企業にとっては、できる限り研究開発費を調達し、この戦乱を勝ち抜く資金が必要となっています。
(2019年1月6日時点・サイト「ECのミカタ」より引用)
決裁サービスを提供する企業はあまたありますが、上記URL記載の株式会社Paidyの場合、IPOという手段を用いる前に、まずは既存株主からの調達、そして金融機関からの調達(間接金融)を利用することで90億円もの資金確保を実現しています。ベンチャー企業で2008年設立と業歴も浅いながら、上場前にこれだけ資金を確保できているのは、やはりECサービスに対する期待感の高まり、そして”デットファイナンス”、つまり間接金融を含めた多彩な資金調達手法を抑えていたからこそと言えるでしょう。
今回はこうした多彩な資金調達手法のなかから、特に金融機関からの資金調達、つまり間接金融に関するポイントを、財務の観点からお伝えします。
2.間接金融は「返済・命!」思考でちょうど良い?
言わずもがなですが、間接金融を用いた資金調達の最大の特徴は、相手が投資家ではなく債権者の立場を取っていることです。どちらも企業に資金を融通する点では同じですが、投資家目線と債権者目線は明らかに異なります。
投資家:①未来思考、②事業性重視、③目的はリターンの最大化
債権者:①過去思考、②実績重視、③目的は返済の滞りない実行
と、いったように、真逆のスタンスを取っていると言えるでしょう。
たとえば、投資家はこれからIPOを志向する企業の事業内容が優れているものであり、今は規模が小さくとも、将来的にその商品が市場に認められる可能性が高く、十分なリターンが得られそうだと判断した場合に、資金を投下します。しかし、債権者の場合はリターン(利息)以上にまずは投下した元本を焦げ付かさぬよう運用することが至上命題です。
(債権者が重視する項目例)
・自己資本比率:これまでの企業実績によって積み上げた企業体力は十分か?
・借入依存度 :融資投下後も、融資に過剰に依存している企業にならないか?
・債務償還年数:年間で生み出す現状の現金ベースの収益(≒キャッシュフロー)に対する、
債務のバランスはおかしくないか
など、とにかく決算書・試算表などの過去実績を根拠に動きます。つまりいくら未来の展望が明るいと想定される場合も、現状が大きく債務超過で赤字が連続している等、実績が傷んでいる場合には、間接金融の手段を使える状況ではないと言えるでしょう。
また、直接金融とのセットで間接金融を使用する場合でも、ますます「自己資本として運用できる資本がいくら、返済が必要な資本がいくら」というバランスが論点となります。この場合も対投資家には将来的なリターンがありそうだという展望を明示する必要がありますが、対債権者には投資家からの評価が付いているといった実績を明らかにしなければなりません。
どちらも、配当・返済という形で将来的にリターンしなければならないことに違いありません。ただし間接金融はまず1にも2にも、実績に基づく返済のロジックの正しさを詰める必要があります。
3.間接金融を用いることのメリット
前述のとおり、間接金融はとにかく過去・現在の実績思考を取り入れることが重要ですが、そうはいってもIPOを志向する企業の多くはまだまだベンチャーであり、実績に基づくロジック整理に苦労する場合もあるかと思います。では、そこまでしていずれ返済が必要な間接金融を選択肢に入れるメリットとは、何なのかを考えましょう。
もちろん一概にこれだけということはできませんが、筆者が最大のメリットとして考えるのは「金融機関に”既存先”扱いをしてもらえる(≒対外信用力の向上)」という点です。金融機関は過去3期分の決算書等の情報をベースに融資を検討するわけですが、当然ながら新規融資と、2回目以降で返済実績がある状態での融資では、決算書の内容が同じでも全くハードルが異なります。延滞なく、事業計画通りに進捗している企業の融資については、金額にもよりますが通常の半分以下のスピードで決裁してもらえる、あるいは当座貸越枠やコミットメント・ラインと呼ばれる企業に有利な資金調達枠を設定してくれる等の対応をするケースがあります。金融機関も「優秀な既存先」に対する行動は非常にスムーズであり、機動的な資金調達を目指しやすくなるということですね。
言うまでもなく、ベンチャー企業にとってのハードルの1つは、元手となる資金をいかに確保できるかどうか、つまり資金調達力です。また今すぐ多額の資金が必要でなくとも、いざ緊急事態が発生した際に活用できる資金余力(≒当座貸越枠、コミライン枠、メインバンクの存在等)を作ることは、そのまま企業の信用力向上につながり、こうした間接金融の実績PRが、投資家にも好影響を与える可能性は高いでしょう。
ぜひ、今後の事業計画を実現していくなかで、金融機関からの間接金融という手段も、手札に織り込めるかどうかを検討いただければと思います。
4.【まとめ】自社の調達窓口はいくつ?
今回は、研究開発投資に多額の投資が必要となっているテクノロジー関連企業の隆盛を背景に、IPOを志向する企業が考えるべき間接金融のポイントについて、簡単に整理しました。そもそも、IPOとは綿密な準備、そして多数の利害関係者との調整が必要で、社外関係者を上手に使わずして実現できるものではないと思います。
実績・ロジックを詰めて上手な関係を構築するにあたり、間接金融の出し手である金融機関を相手に、信用力向上の第1歩としてWIN-WINの取引関係を築くことがあげられます。
まずは、自社の過去実績がどうなっているのか、決算内容を整理することから、始めてみてはいかがでしょうか。
株式会社船井総合研究所
金融・M&A支援部
片山 孝章